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大阪高等裁判所 昭和63年(う)668号 判決 1988年11月29日

本籍

兵庫県養父郡養父町養父市場四四五番地

住居

大阪市阿倍野区王子町四丁目一番九-五〇九号

無職

平山成信

昭和一六年一月一一日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、昭和六三年四月二一日神戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 酒井清夫 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤田良昭、同野村正義、同懸郁太郎連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、妻の姉婿で、亡父舅の財産を共同相続した村上淳が不正の行為によって相続税を免れ、かつは共同相続人の相続税を免れさせるにあたり、被告人がこれに加功したという事案であるが、右脱税は、原判示のとおり、免れた税額にして合計二億円近く、ほ脱率にして約九二パーセントに達するという大規模なものであるうえ、計画的に架空文書を作成して債務を仮装し、同和関係団体の名を用いて適正な税務行政に不当な影響を与えようとした点で犯行態様も悪質・巧妙であること(所論は、本件の背景に税務当局の同和関係団体に対する税務調査上のずさんな対応が存在し、これが本件犯行を成功させた一因であると主張するが、被告人らも、税務当局の同和関係団体への対応の軟弱さにいわばつけこんで本件脱税を企図・実行したものであるから、右の所論を前提としても、これを被告人らに有利な事情と評価するのには自ら一定の限度があるというべきである。)、被告人は、義兄である淳が相続税の問題で苦慮しているのを見かねたからとはいえ、積極的に原判示の共犯者秦勝義ないし同人の知人で脱税の請負を業とする同環秀雄を淳に紹介し、その後の具体的な脱税工作こそ環らが計画・実行したとはいうものの、淳と環らとの仲介役・連絡役を終始つとめたものであり、本件における被告人の役割は軽視しがたいこと(したがって、被告人の役割がそれほど重要ではなかったとする所論には左袒しがたい。)、現に被告人は相当高額な謝礼金(淳からのものをあわせ計九〇〇万円)を受取っていることなど諸般の事情に徴すると、被告人の刑責・犯情は安易に看過することができず、更に、前示秦ら原審で確定している共犯者に対する科刑との均衡をも考慮すると、被告人の犯行の動機が謝礼金欲しさではなかったことや、前科がないこと、その他所論指摘の被告人に有利な情状を斟酌しても、被告人を懲役一〇月及び罰金四〇〇万円に処し、懲役刑の執行を猶予した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田登良夫 裁判官 角谷三千夫 裁判官 石井一正)

○控訴趣意書

被告人 平山成信

右の者に対する相続税法違反被告事件について、控訴の趣旨は左記のとおりである。

昭和六三年八月一二日

右弁護人 藤田良昭

野村正義

懸郁太郎

大阪高等裁判所 御中

原判決は、「本件は、その犯行の動機に特に酌量すべきものはなく、計画的に架空文書を作るなどした上、同和関係団体の名を用いて適正な税務行政に影響を与えようとした点で犯行態様も悪質であり、」とし、被告人につき懲役一〇月及び罰金四〇〇万円、懲役刑の執行を三年間猶予する旨の判決を言い渡した。

しかし、右判決の量刑は以下の点につき何等考慮せずなされた判決であり、その量刑は重きに失するので破棄さるべきである。

一、本件事件の背景について

原判決が認定した罪となるべき事実は「相続税を免れようとし、…………税務署長に対し、…………内容虚偽の相続税の申告書を提出し、もって、不正の行為により…………相続税を免れた。」というのである。

しかし、以下のように税務当局の同和団体に対する、極めて杜撰な対応がその背景にあり、そのような税務当局に対応がなければ、本件犯行は有りえなかったのである。

即ち、税務当局は同和団体に対しては、税務調査も殆ど行わず、行ったとしても形だけの調査ですませてきたのが実態である。この事実は環秀雄の公判廷における供述で明らかである。

本件犯行の手口は、架空債務をでっち上げるという方法であるが、その方法は税務当局を騙すことを目的としたものではなく、むしろ税務当局が税務調査を行わないことを予定したやりかたであった。

具体的には、村上勇が西田明敏の環秀雄に対する二億五〇〇〇万円の金銭消費貸借債務について連帯保証したとする書類を作成し、かつその債務につき相続人代表村上淳と部落解放同志会環秀雄との間の債務確認書を作成して相続税の申告を行うというものであった。

債務確認書の債権者欄には「部落解放同志会大阪府連本部理事長環秀雄」のゴム印が押捺されていた。

しかも本件相続税申告書にも「部落解放同志会大阪府連本部」のゴム印が押捺されている。

両書面を対比すれば、相続税申告を代行した者と債務確認書の債権者が同一人であることは一目瞭然である。

従って、税務当局がまともな審査を行う意思があれば、相続税申告につき疑問を抱き債務確認書の真偽を調査するのが当然である。

そうすれば、環が二億五〇〇〇万円もの大金を用意することが可能かどうか、西田に当時そのような金が渡されたかどうか、また村上勇が見ず知らずの西田のために連帯保証をするかどうか、調査すればすぐ真偽の程は判明する筈である。

従って、環のねらいは税務当局が偽の借用証書や債務確認書に騙されることを期待してなした犯行ではなく、税務当局が同和団体の名前を出すだけでその案件については充分調査を行わないという実態を見越して行った犯行であることは明らかである。

従って、申告書のみならず、債務確認書にも同一の同和団体の名称を用いた狙いは税務当局に本件事案は同和に関する事案であることをより印象ずけることにあったのである。

以上のとおり、本件犯行は税務当局の同和団体に対する杜撰な対応がその背景として存在することは明白であり、単に被告人らの行為のみで本件犯行が成立したのではない。

原判決は右の点につき何等の判断を行わず、すべて被告人らの責任に帰しているが誤りである。

二、本件事件における被告人平山の役割について

被告人平山が本件事件に関与するに至った経過は妻より義兄村上淳が相続税の問題につき悩んでいることを知り、何とか力になりたいと考えたからである。

そして、以前からの知り合いであった秦をつうじ環を紹介してもらったのである。

平山自身は村上の相続財産の内容についても知らず、また税務知識もなかったが紹介者としての責任上、あるいは身内である村上淳のため出来うる限り環らとの会合には同席したが、単にそれはその場にいるというにすぎなかった。

被告人平山がなした積極的役割としては、せいぜい村上淳のためを考え環に支払う礼金を安くして欲しいと持ちかけたこと位である。

相続税額をどうするか、申告書の内容をどうするかが決定されたのは、専門知識を有する久次米昭が同席した会合の際であったが、その会合には被告人平山は一度も出席していないのである。このことは久次米昭の「平山とは面識がない」との証言でも明らかである。

久次米昭が同席した極めて重要な会合に被告人平山が出席していないという事実は、平山の役割がそれ程重要ではなかったことを示すものである。結局被告人平山の役割は、紹介者としての役割および連絡係にすぎなかったと言うべきである。

三、久次米昭に対する処分との均衡について

本件犯行の共犯として、久次米昭が協力したことは久次米本人もこれを認めるところである。

ところで、本件犯行を実行するには、税務知識を有する人物の協力が不可欠である。

本件犯行に果たした、久次米昭の役割はそれが本件犯罪の中心的行為(即ち税務申告書の作成)を行ったという点で、被告人平山の役割(即ち、紹介および連絡係)と対比しても、重要であることは明白である。

しかるに、検察官は平山を起訴し、久次米昭を不起訴処分とした。両者の役割から考え、右処分は極めて片手落ちであるといわざるを得ない。

四、八〇〇万円の受領について

被告人平山は、環より紹介に対する謝礼として、金八〇〇万円を受領した。しかし、右金員は村上淳が出した金であり、平山としては村上氏に対し金八〇〇万円の返還債務を負担しているのである。

現実には、平山には支払能力がなく、即時返還は到底出来ない現状であるが、将来は分割してでもこれを返還していかなければならない。

返還債務を負担している以上、本件犯行による利得は有りえないのである。

なお、平山が受け取った八〇〇万円の金員については、環がこれを一方的に決定したにすぎず平山がこれを要求したものではない。

平山としては謝礼目当てで紹介したのではないのであるから、その金額の多寡は全く問題ではなかったのである。

五、情状について

被告人平山の本件犯行の動機は、身内である村上氏の窮状を何とかしたいとするところにあった。

被告人平山の動機は、謝礼が欲しくて行ったのでは断じてないのである。

さらに被告人は極めてまじめに社会生活を営んでおり、家庭においても良き夫であり良き父親であった。

勿論前科は全くない。

六、結論

以上のとおり<1>税務当局の同和団体に対する杜撰な対応、<2>本件事件における被告人平山の役割、<3>久次米昭に対する処分との均衡、<4>八〇〇万円の返還義務、<5>その他の情状等から原判決の量刑は不当であり、破棄さるべきである。

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